2026/07/28

「1on1」ミーティングが日本の組織に広まり、人材育成の万能薬のように扱われている。だが現場では、部下の不満や悩みを聞き、慰めるだけの「メンタルケアの密室」になっていることが多い。感情に寄り添うだけの面談は、本当に部下を成長させるのか。ドラッカーが新聞記者時代に名編集長から受けた面談を手がかりに、1on1の本質を問い直す。
(中略)
本来、1on1は部下の成長や将来の貢献について考える場であるはずだ。しかし現実には、感情の整理や不満の共有に終始するケースが多々ある。
「とりあえず1on1で」と持ちかけられるその時間は、問題解決よりも感情の確認を優先する場になっているようにさえ見える。密室で慰められ、共感された部下は、一時の精神的安定を得る。しかし、その代わりに、自力で問題を解決し、仕事の成果に責任を持つというプロが本来持つべき自由を手放していく。
ドラッカーは、このように部下のメンタルケアに終始する面談を「精神科医の手法」になぞらえ、厳しく批判する。
「今日の業績評価面談は、アプローチの仕方が間違っています。それは仕事上の人間関係の現実に反しているのです。つまり、20世紀初頭の病理心理学の流れを汲んだままであり、精神科医の手法として二つのことを前提にしているからです。第一に、人の弱み、病、病理を見つけるためのものになっていることです。第二に、診察室での30分間限りの診断と治療のためのものになっていることです」(『われわれはいかに働き、どう生きるべきか』ダイヤモンド社)
(Japan Innovation Review 7月17日)
1on1というアメリカ生まれの言葉は、いつのまにか日本の職場を覆う霧のようになった。言葉が制度になり、制度がやがて儀式へと変わってゆく過程は、経営の現場で幾度も繰り返されてきた光景である。ドラッカーが厳しく批判したのは、面談という行為が「病を探す診察室」へと変質してしまうことだった。
20世紀初頭の病理心理学が人の弱みや病理を発見し、30分という限られた密室で診断と治療を与えるという発想を、そのまま企業の会議室に持ち込んでしまったという指摘はいまもなお鋭く響く。
慰めは麻酔に似ている。痛みを一時的に鎮めはするが、その原因を取り除きはしない。部下は上司の共感によって束の間の安らぎを得るが、それと引き換えに、自分の足で立ち、仕事の成果に責任を負うという「働く者の自由」を静かに手放してゆく。
すぐれた編集長や経営者は、部下の感情をていねいに受け止めながらも、つねに「明日、何に貢献できるか」という視線を向けさせてきたはずだ。人を育てるのは、慰めではなく期待なのである。それは厳しさの装いをした、もっとも深い信頼の形でもある。
1on1という仕組みそのものが悪いのではない。それを「傾聴」という美名のもとに、責任の所在を曖昧にしてしまう道具として用いることにこそ、本当の問題がある。企業は病院ではなく、面談室もまた患者を作り出す場ではない。次の仕事を託し、成長を促すための場であるべきなのだ。
ドラッカーの言葉は、その忘れられがちな原点を鋭く突きつけている。
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