2026/07/07

東京電力ホールディングスが2025年9月、初の「人的資本レポート」を発行した。人的資本ROIや離職率、病気による休業などの人材リスク指標を開示し、人材投資の効果を可視化する。こうした施策を進めながら、福島への責任の貫徹やDX人材育成をどう実現するのか。常務執行役CHROの忍義彦氏に聞いた。
(略歴)
――レポート内には「人的資本ROI」が掲載されています。人材投資の効果は長期的に出てくるはずですが、あえてROI(投資利益率)を設定した理由は何ですか。
忍 人的資本への「投資」である以上、どのような効果があるのかをわれわれ自身が意識しなければなりませんし、投資家の皆さんにも定量的に示す必要があると考えていたこともあり、2023年度より設定しモニタリングしています。
人的資本ROIは、ISOで定められた基準に準拠して算出しています。また、人的資本ROIと並ぶもう一つの総合KPIとして「社員幸福度」を設定しています。そして、これらの総合KPIに至る過程にはさまざまなKPIを設定しており、社員一人一人の取り組みがツリー構造で最終的な効果につながっているという見方ができると思います。
ROIについては、おっしゃる通り、リターンの部分は変動しやすいため、短い期間の変化で一喜一憂すべきではないと考えます。長い目で見て生産性が上がっているか、お客さまにより良いサービスが提供できているかを評価する必要があります。
(Japan Innovation Review 6月26日)
東京電力が人的資本ROIをはじめとする指標を開示したことは、人的資本を「費用」ではなく「未来への投資」として位置づける姿勢を明確にした点で評価できる。ISO準拠のROIや社員幸福度を総合KPIとし、その過程をツリー構造で可視化する試みは、感覚に頼りがちだった人材育成を経営の中核へ引き寄せようとする意思の表れでもある。
東京電力には他企業とは異なる重い使命がある。福島第一原子力発電所事故が残した課題は、社会との信頼関係を問い続ける営みでもある。だからこそ、人的資本への投資は、生産性や収益性を高めるためだけではなく、事故の教訓を継承し、安全文化を組織に根付かせるための投資でもなければならない。
忍義彦氏が「短い期間の変化で一喜一憂すべきではない」と語る姿勢は示唆的である。人材育成の成果は短期の利益には映りにくいが、長期には組織の判断力や現場力となって表れる。
DX人材の育成もまた、技術者を増やすことだけを意味しない。デジタル技術を用いて安全性を高め、福島への責任を果たし続ける組織文化を育むことにこそ、その本質がある。人的資本ROIという新たな指標の数字を積み重ねる先に、社会からの信頼という目に見えない資本をどこまで育てられるか。その挑戦こそが、このレポートの真の価値を決めることになるだろう。
人的資本ROIという数字は、企業の歩みを記録することはできる。しかし、その歩みが社会の記憶と和解する過程までは記録できない。東京電力の人的資本経営は、その見えない時間に耐えながら、信頼という資本を積み重ねる営みであってほしい。
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