2026/06/18

いすゞ自動車は(中略)ジョブ型の本質をどう捉え、人的資本経営をいかに実装しようとしているのか。HOYAやカゴメなど複数の企業で人事改革を主導し、2025年4月に同社常務執行役員CHROに就任した有沢正人氏と、一橋ビジネススクール特任教授の楠木建氏との対談を通じて、その考え方と具体像を探る。
(中略)
有沢 重要なのは、いすゞに合った形で設計することです。欧米企業や他社の制度をそのまま取り入れるのではなく、また、従来からの年功的な慣行を一律に否定するわけでもありません。あくまで「いすゞとしての在り方」を踏まえて制度を構築していく必要があります。
具体的には、職務を可視化し、JD(職務記述書)を整備した上で、その内容に応じて報酬を決めていきます。ただし、誰がその職務を担うかを判断する際に、スキルだけで決めることはしません。経験や知識、知恵といった要素も含め、総合的に見ていくことが重要だと考えています。
楠木 スキルだけに依拠することの限界は、今後さらに顕在化していくでしょう。AIなどの技術によってスキルの外部化が進み、スキルのデフレともいえる状況が生じかねないためです。スキルだけで人を測ると、これから重要度が増すと考えられる、その人固有の能力が見過ごされてしまいます。
有沢 その通りです。そこで、スキルという一面的な尺度ではなく、その人固有の能力を総合的に生かすために、職務の整備と並行して進めているのがキャリアの多様化です。
(Japan Innovation Review 6月8日)
近代という時代が要請した「画一的な組織人」という幻想は、技術の奔流のなかで幕を閉じようとしている。いすゞ自動車が取り組む人事改革は、たんなるジョブ型という経営の流行を追いかけることではない。組織を効率的な歯車の集合体から、個々の輪郭が際立つ有機的な場へと組み替える、ひとつの文明論的な試行だ。
有沢正人氏が説く「いすゞとしての在り方」は、他国の制度を借りてくるだけの拙速な模倣への警戒である。楠木建氏が触れた「スキルのデフレ」という指摘は示唆に富む。AIに代表される技術が定型的な技能を代替していく時代に企業が直面しているのは、個人の来歴に刻まれた「固有の能力」をいかに掘り起こし、結集させるかという問いに他ならない。
定量化しづらい経験や知恵を、JDという冷徹なフレームのなかでどう活かすか。ジョブ型という制度を導入しながら、同時に人間という不確定な要素を組織の資産として位置づけようとする姿勢には、したたかな知性が感じられる。それは、企業がたんなる労働力の消費地ではなく、個人の生が社会と接続されるための舞台であるべきだという願いに近い。
高度成長期からの堆積と、現代という異なる地平を結合させる作業は、たやすくはない。しかし、あえてその軋轢のなかで、職務の整備とキャリアの多様化を両輪で進めようとする姿勢にこそ、変革の確かな感触がある。組織とは制度の器ではなく、人がみずからのあり方を確認するための場所である。いすゞの歩みは、日本企業が「人間」という原点を、経営の現場に取り戻そうとする挑戦でもある。
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