2026/06/16

「ワークフローを単に電子化しただけでは、情報の処理スピードは上がっても意思決定の速度は変わりません」と指摘するのは、経済産業省でIT産業の振興政策に携わり、現在はAIST Solutions Vice CTOを務める和泉憲明氏(デジタル庁シニアエキスパートを兼務)だ。デジタルによる現代の産業革命が進行し、ホワイトカラーの仕事がAIへ代替される中、企業は組織構造をどう再設計するべきなのか。
(中略))
多くの経営者が「AIが仕事を奪う」という終末思想に陥っていますが、歴史が証明しているのは、新技術や自動化は雇用を奪うのではなく「経済を拡張させる」という事実です。
その好例が、鉄道の自動改札化です。かつて駅の改札には、切符を切る駅員がいました。改札の自動化が決まった際、彼らは「顧客接点が失われる」などと言って猛烈に反発した。
しかしその後、改札が自動化されると、乗降データがリアルタイムで把握できるようになり、鉄道事業者は、駅ナカビジネスや不動産開発といった非運輸部門での巨大な新事業を創出することに成功しました。切符切りという業務は消失しましたが、人はより付加価値の高い新事業の担い手へとシフトし、企業全体の収益構造は劇的に拡大したのです。
デジタル化が進むということは、経済活動がデータで完結し、従来の物理的な制約から解放されることを意味します。ここで経営者が着目すべきは、付加価値を生まない業務を機械化によって「引き算」していくということです。
(Japan Innovation Review 6月4日)
組織という有機体が、たんなる装置の集合体へと変質する危うさを直視しなければならない。和泉憲明氏が喝破するように、ワークフローの電子化は、業務の「加速」に過ぎず、意思決定という営みには何ら寄与しない。効率という名の麻薬に酔い、経営者がその本質を見失うとき、組織はデジタルという名の迷宮に迷い込む。
「AIが雇用を奪う」という言説は、変化を恐れる者の幻影に過ぎない。歴史はつねに技術が「場」を拡張し、人間の創造性をより高次の次元へと押し上げてきたことを証明している。鉄道の自動改札化は省人化の物語ではない。切符を切るという制約から解き放たれたことで、膨大なデータが生命を宿し、駅ナカという新たな経済圏を産み落としたのだ。
消えたのは「手作業」であり、人間ではない。人間は、より抽象的で、より意味深い価値の創造へと移ったのである。
真のデジタル化とは、非効率を機械に預け、人間にしか成し得ない「意思」の純度を高める作業に他ならない。経営者に求められるのは、システムを導入する計算高さではなく、付加価値を生まない業務を潔く切り捨てる「美学」である。引き算の先にあるのは、余白ではない。人間の思索が、データというインフラを突き抜け、かつてない高付加価値を生み出すための、自由な領土である。
組織構造の再設計とは、技術をどう当てはめるかというパズルではない。機械に何を託し、人間に何を残すか。いわば文明の根幹を問う哲学である。データによって物理的な制約が霧散するいま、問われているのは技術の是非ではなく、その技術を使って「どのような未来を構想するか」という経営者の意思の深さである。
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