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診療報酬「賃上げ」改定でも、看護職と他産業に格差

日本看護協会が4月16日に開いた記者会見で、秋山智弥会長は看護師の処遇について懸念を表明した。2026年度診療報酬は改定率が3・09%増と大幅なプラス改定で、3・09%のうち1・7%を賃上げに充当する措置が取られた。
いわば賃上げ改定だったが、秋山氏は「医療関連職の処遇改善を図るという国の強いメッセージだが、春闘を見ると他産業の賃上げ率は5%台で、医療関連職との格差はまだ大きい」と指摘し、まだ処遇改善が十分ではないことを強調した。看護職の場合、20代の賃金水準は他産業を上回るが、30代後半で逆転し、40代に入ると夜勤手当を含めても他産業よりも月額平均9万5000円低いという統計もある。
日看協が2025年に会員を対象に実施した調査(有効回答4430人)によると「看護職として働き続けたい」との回答は62・9%。前回調査の21年に比べて5・3%低下。この調査では、看護職が職責に見合った賃金を強く要望している現状が明らかになった。秋山氏は「夜勤手当は10年間上がっていない。他産業への人材流出など離職防止のために賃上げは重要な要素だ」と付言した。
こうした課題を踏まえて、日看協は「令和8年度重点政策」の1番目に「看護職の殊遇改善の推進」を掲げ、重点事業に①看護職のベースアップ・処遇改善に向けた情報収集・評価・SNS等を活用した情報発信②看護職のキャリアと連動した賃金モデルの普及促進③賃金モデル導入支援セミナー開催――などを設けた。中野夕香里専務理事によると「医療従事者が持続可能な働き方を確保できる提供体制の前提として、看護職はウェルビーイングであることが何より重要なので、処遇改善を重点政策の1番目に位置付けた」という。
(日本看護協会記者会見 4月16日)

診療報酬が3・09%引き上げられ、そのうち1・7%が賃上げに充てられるという数値には、制度の思いやりが反映されている。しかし、その内実に目を凝らせば、そこにあるのは「配分された善意」の限界である。他産業の賃上げ率が5%台に達する現実の前では、この増分は追随ではなく、むしろ遅延に近い。
看護職の賃金構造が示す逆転現象――若年時代には優位に立ちながら、30代後半で他産業に追い越され、40代では月額9万5000円の差をつけられる――は、たんなる給与水準の問題ではない。それは、経験の蓄積が正当に評価されない労働の歪みを物語る。夜勤手当が10年据え置かれているという事実もまた、負荷の重さが制度に汲み取られなかった歴史の断面である。
「働き続けたい」とする割合が6割強にとどまり、しかも低下していることは、静かな警告として受け止めるべきだろう。看護という営みは、本来、数値化しきれない献身の連鎖によって支えられている。その持続を支える条件が損なわれるとき、制度は外形を保ちながら内部から空洞化していく。
日看協が掲げる賃金モデルの整備や情報発信は、確かに必要な手立てである。しかし、それがたんなる補修にとどまるならば、問題の核心には届かない。問われているのは、看護という労働をいかなる価値として社会が引き受けるのかという、より根源的な選択である。ウェルビーイングという言葉が理念に終わるのか、それとも実体を伴うのか。その分岐点はすでに確実に現われている。

小野 貴史

著者情報:
小野 貴史

1959年茨城県生まれ。立教大学法学部卒業。経営専門誌編集長、(社)生活文化総合研究所理事などを経て小野アソシエイツ代表。25年以上にわたって中小・ベンチャー企業を中心に5000人を超える経営者の取材を続けている。著書「経営者5千人をインタビューしてわかった成功する会社の新原則」。分担執筆「M&A革命」「医療安全のリーダーシップ論」

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