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資生堂が直面した育児支援の「歪み」と「資生堂ショック」の実態

人的資本の開示義務化や戦略人事への転換で人事は経営と一体化しているが、日本企業の多くが「DEIB(多様性・公平性・包括性・所属感)」の推進でつまずく。制度を整えても、社員の「ビロンギング(居場所感)」が伴わなければ、多様性は組織の力にならない。うまくいく企業はどこが違うのか。組織・人事コンサルティングの専門家が成功事例を読み解いた『異質を認め合う組織』(日本能率協会マネジメントセンター)から一部を抜粋、組織変革のヒントを探る。
 資生堂は、育児と仕事を両立できる制度を整えた先で、運用面の歪みという新たな課題に直面した。「資生堂ショック」と呼ばれる働き方改革は、何を変えたのか。
(中略)
現行制度を変更することなく、次の運用ポリシーを明確にし、全社に周知しました。育児期の短時間勤務制度は継続するが、始業・終業時間の決定権は会社にあること。
育児期の社員にも、必要に応じて遅番や土日勤務を要請すること。併せて、管理職を対象としたワークショップを実施しました。新たな運用方針を現場で機能させるには、上司層の意識改革が不可欠だと考えたからです。
 その後、上司と育児期の社員が丁寧に面談を重ね、それぞれの育児環境を確認していきました。育児期社員本人も家族と相談し、家庭内での役割分担を見直しながら、遅番や土日勤務に対応できる体制を整えていきました。その結果、対象となった美容職社員の約98%が新しい働き方を受け入れました。
(Japan Innovation Review 8月5日)

資生堂ショックという名は、外部が付けた形容にすぎない。当事者たちが直面したのは、制度という器と、そこに宿るべき信頼という中身との乖離であった。両立支援の枠組みを整えることは、いわば庭に石を置く作業に似ている。石は動かないが、その配置一つで庭全体の呼吸が変わる。
資生堂が示したのは、運用という土壌をていねいに耕し直す道であった。始業と終業の決定権を会社に置き直し、遅番や土日勤務を求め得ることを明確にした判断は、一見すると後退に映るかもしれない。
だが制度とは、策定した瞬間に完成するものではなく、日々の運用の中で幾度も問い直されるべきものなのである。管理職への意識改革の場を設け、上司と育児期の社員とがていねいに面談を重ねたという事実は、規則の言葉では届かない領域に、人と人との対話を改めて差し戻したことを意味する。
育児期の社員もまた、家庭内での役割分担を見直し、遅番や土日勤務に対応できる体制をみすから整えていった。この双方向の努力こそが、制度を血の通ったものへと変えたのであろう。
数字はその過程の実りを語っている。対象となった美容職社員の約98パーセントが、新しい働き方を受け入れたという結果は、私的な領域にまで及んだ調整の積み重ねが、信頼へと結晶した証であろう。
多様性とは制度の陳列棚に並べるものではなく、日々の小さな対話の中で醸成される帰属意識に根差すのである。資生堂の歩みは、その真理を、飾らない言葉で教えている。

小野 貴史

著者情報:
小野 貴史

1959年茨城県生まれ。立教大学法学部卒業。経営専門誌編集長、(社)生活文化総合研究所理事などを経て小野アソシエイツ代表。25年以上にわたって中小・ベンチャー企業を中心に5000人を超える経営者の取材を続けている。著書「経営者5千人をインタビューしてわかった成功する会社の新原則」。分担執筆「M&A革命」「医療安全のリーダーシップ論」

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