2026/07/10

新卒の初年度年収1,400万円──。昨年末、ホテルや物流施設の開発で急成長する霞ヶ関キャピタル(3498/東証プライム)が打ち出したこの数字が、就活市場に波紋を広げた。この採用を任された同社社長室シニアヴァイスプレジデントの矢口太一さん(27)に狙いを尋ねると、答えは意外なものだった。「1,400万円は、日本の才能をつなぎとめる上ではスタートラインにすぎない」。三重県伊勢市出身、小学5年から続けた「セミの研究」で内閣総理大臣賞を受賞し、東京大学工学部に推薦入学、孫正義育英財団1期生でもある27歳が見据えるのは、日本の新卒一括採用慣行そのものへの問題提起だった。その真意を聞いた。
(中略)
――それでも、ビジネス実績のない新卒に1,400万円というのは破格に映ります。 確かに社外だけでなく、社内でもそういった声があったのは事実です。それでも、私は破格だとは思っていません。むしろ先ほど例に挙げた世界基準で見れば、ごくごく当たり前の金額で、世代トップの才能に対しては、むしろ1,400万円という金額は少ないとすら思っています。私たちがやっているのは、ものすごくシンプルなことです。その人の能力に見合う役割と待遇を提示する。それだけです。背伸びした金額でも、話題づくりの金額でもなく、「その才能なら、これくらいの価値がある」という「当たり前」の評価を、若い人材に対しても当たり前に出しているだけなのです。
(AERA 6月29日)
新卒初年度年収1400万円という数字は、刺激的な見出しとして消費されがちだ。しかし本質は金額ではない。霞ヶ関キャピタルが投げかけたのは、日本企業が長年当然視してきた「新卒は一律に安く雇う」という制度への異議申し立てである。
日本の賃金体系は年功序列と新卒一括採用を軸に築かれてきたが、その前提は高度経済成長期の終身雇用と企業内育成に依存していた。人口減少と世界的な人材獲得競争が激化した現在、その制度疲労は隠しようがない。
経済協力開発機構(OECD)は、人的資本への投資不足が日本の生産性停滞の一因であると繰り返し指摘している。また世界経済フォーラムの国際競争力指標でも、人材の獲得・維持は日本の弱点として位置づけられてきた。
優秀な若者は国境を越えて職を選ぶ時代である。世界市場で争う人材に、日本市場だけを基準とした待遇を示しても競争にならないという矢口太一氏の認識は、現実を踏まえている。
もっとも、高額年収だけでは人材は定着しない。能力を測る評価制度、挑戦を許容する組織文化、成果に応じた権限移譲が伴わなければ、高い報酬はたんなる広告費に終わる。企業価値を生むのは給与額ではなく、才能を開花させる制度だからである。
それでも、この1400万円には象徴的な意味がある。日本企業は長く「若者は経験がないから安い」という論理を疑わなかった。しかし市場が評価するのは年齢ではなく希少性であり、将来価値である。1400万円とは、若者を信じる覚悟の値札であり、日本社会がなお古い時間の中に生きていることを照らし出す一条の光でもある。その光をまぶしいと感じるのか、それとも危ういと感じるのか――。
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