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日本企業の技術者の処遇に関する課題

トップ技術者1000人流出
中韓電機、70年代から引き抜き 監視強化で国益死守は限界

ヘッドハント会社ジーニアス(東京・千代田)の三上俊輔社長は「日本では技術者の立場が相対的に低い。給与水準を上げるなど技術者を報いる仕組みを整える必要がある」と力説する。

能力を少しでも高く評価してくれる環境に身を転じたいのは技術者の根源的な欲求だ。グローバル時代に生まれ育った若い世代ほど転職への抵抗も小さい。監視強化だけで国益を守ろうとするのは時代にそぐわなくなっている。

日経新聞2017/10/7

今朝の日経新聞で東芝というか、製造業の日本人エンジニアの処遇について少しだけコメントが掲載された。電話取材に対しては、本当はもっと多くのことをご説明していたので、多少捕捉したいと考えている。

日本の重工業、総合家電、自動車などの古典的製造業における技術者の処遇に関してである。中韓の企業に引き抜かれる云々は、少々異なるお題目なので、純粋に処遇制度の違い、デメリットに関して記載する。

日系メーカーの技術者の処遇に関する課題は次の5つである。

1.そもそも水準が低い

2.インセンティブ要素が存在しない

3.手当などのフリンジベネフィットの減少

4.RSUやSOなど報酬システムの一部未使用

5.定年制度

 

1.そもそも水準が低い

まずそもそもの処遇水準であるが、相対的に日本企業の技術者の処遇水準は低い。日本経済が20年近く停滞し、GDPは低迷、労働分配率も低いまま放置された結果、今やそれなりの中国、台湾、韓国の企業の管理職水準よりも日本人の管理職水準の報酬は低くなっている。ちなみに元々欧米よりも低く、シンガポールや豪州にはそれ以前に抜かれている。

以前は引き抜く先の企業も日本人エンジニア採用においては、社内の報酬システムの例外で運用しなければいけなかったが、現在はその会社の一般の報酬システムの中に組み込んでも(一部のサインナップボーナスは除く)、普通に提示可能な報酬水準となっているのである。

語学の問題があり欧米企業の日本人本社採用は今も昔も少ないが、アジア系企業は必要に応じて通訳も雇う(この通訳のコストは結構安い)ので、かなり割安で質の良い実力者が確保できるために、日本企業がターゲットとなるのである。

目安としては、マネージャーで1200-1500万くらいが引抜先の通常レンジ、エキスパートや部長格だと1500-2500万くらいが標準、日本企業だと執行役員にでもならないとここまで行かない会社が悲しいかな、結構多い。

新卒で700-800万を下限に、エキスパートで上限5000万、ライン長で1億円くらいのバンドで報酬設計すると、実は初めて勝負の土台に乗ることを、人事部は認識したほうがいい。人材獲得競争において語学的ハードルが下がりつつあり、中長期で採用力強化する意味でも報酬水準を抜本的に見直すべきだろう。

 

2.インセンティブ要素が存在しない

次に報酬システムの中身である。日本企業のエンジニアの報酬評価制度は短期的に成果に報いる方法が存在しない。給与+賞与の報酬システムだが、極めて固定的な給与に近いイメージで賞与が設計されているので、成果を出しても出さなくても、賞与の差はそんなに生じないことが多い。

時々社長賞とか全社大賞みたいなシステムで、特別賞与500~1000万くらい支払う会社もあるが、対象は1人のみだったりして、インパクトに欠ける。

特許報奨金も概して低く、また特許取得時のワンショットが基本で、通常実施され商売につながった後の配分要素が存在しないことが多い。結果的に短期で報いるという、わかりやすくモチベーションを維持する施策が存在しない。

最もこれは技術だけではなく、営業も同様で給与+賞与以外のセールスインセンティブが制度化されておらず、中長期でベースの給料は上がっていくが、単年度で報いる仕組みがないことは、成果を出さない人への安心は保証されるが、成果を出した人間のモチベーションを阻害する要因となっている。

 

3.手当などのフリンジベネフィットの減少

実は見過ごせないのが、給与、賞与以外で構成される手当などのフリンジベネフィットの減少である。日本の多くの製造業が、借上げ社宅制度や住宅手当、単身赴任手当、家族手当、帰省旅費などを廃止や減額してしまった。

正確に言うと本俸である給与+賞与に組み込んだわけだが、そもそものこの組み込んだ本俸の水準が低いことを理解せずに廃止したので、不利益変更だけではなく、相対的に報酬水準という意味で採用力、リテンションが低下してしまった。

なお、会社の辞令一つで転勤も維持されているため、人生設計する上で、勤務地固定できないことでのデメリットは相変わらずである。そのデメリットを相殺する意味で各種手当が昔はあったことを忘れてはいけない。

ちなみに、引き抜かれた先で仕事をすると、①家具家電付きのサービスアパートメント(クリーニングも定期的に入る)、②オフィスから近い場合は徒歩か自転車通勤、そうでもない場合は車の無償貸与、時々運転手つけるところも多い、③だいたい毎月の往復旅費(本人が帰ってもいいし、家族が来てもいい)、④本俸とは別に現地での二重生活を担保する意味での現地給(食費とか生活費)、⑤専属の通訳、大規模の場合はジャパンデスクが総務にある、⑥日本法人がある場合は社会保険その他は日本で適用し、全額会社が負担する、⑦年俸についてもネット保証しているところが多く、額面がそのまま振り込まれる(税金が会社負担)、⑧入社一時金、退職金(但し、一定期間勤務要件はつく)、⑨ポジションやテーマにもよるが専属の研究室(レイアウトや装置も自分で決める)と結構びっくりする真水の研究予算、という環境となる。

純粋に仕事する上でどっちが良いのか?はわからないが、少なくとも国益云々とか、組織ロイヤリティで惹きつけられない事実は理解したほうがいい。

 

4.RSUやSOなど報酬システムの一部未使用

報酬制度という意味では、日本の企業は総じてRSUやストックオプションがほぼ運用されていない。日系大メーカーのエンジニアで幹部でもなければ、RSUやSOが付与されることすら知らずにサラリーマンキャリアを終えることも多いと思う。

私はことあるごとに各方面で、上場会社であればRSUやSOをもっと有効活用するべきだとコメントしてきたが、会社のキャッシュを痛めることなく、資本市場から役員、従業員の報酬を獲得する合法的な仕組みである。これはどんどん使った方がいい。

RSUについては、だいたい4年で満額付与されるシステムを採用している会社が多い。4年間で10株付与するとした場合、1年目0株、2年目1株、3年目3株、4年目6株など累進的な運用が一般的である。職位によって付与されるボリュームは代わり、また4年経過すると第二ラウンドがスタートする。長期残留するとRSUも積みあがるので、資産形成上メリットが大きい。

 

5.定年制度

最後は定年制度だが、これは早く廃止したほうがいい。年齢を理由に有能な人材をどんどん切り出してしまうのは愚の骨頂であり、定年延長し、単年度とか6カ月の嘱託更新でお茶を濁すのではなく、人材は能力で処遇するべきである。転職先はそもそも年齢ではなく、能力で人材を評価し、採用している。

なお、定年の廃止は、シニア実力者の維持だけではなく、現役世代の報酬体系を大きく変更することにもつながる。

日本企業の報酬制度は元々この定年または役職定年を報酬カーブのピークとして報酬設計してきた傾向が強い。しかし定年がなくなると、能力を時価で評価することになる。ある意味成果を出した人材は若くから高額報酬が支払われ、そうでもないとずっと報酬が上がらないという運用となる。

これはグローバルスタンダードに飲み込まれるコンテクストなのだが、もはや日本企業は報酬水準では欧米だけでなくアジアでもプライスリーダーではなくなっているので、飲み込まれずに、そのままを維持すると、人材獲得・維持の競争力が失われていくことを意味する。

即ちで、定年システムの維持と、定年を前提とした処遇報酬体系を抜本的に見直さないと、ギャップの大きい人材(本来の能力と実績を時価評価すると、高い報酬がもらえる人材)から辞めていくインセンティブが高くなってしまうのである。

 

長文にお付き合いいただきありがとうございます。最後の方がエンジニア関係なく、ジェネラルに報酬体系について述べております。

働き方改革とかどうのこうの言う前に人事部はやるべきことがたくさんあります。横並び悪平等から脱却し、労働市場の時価でしっかり人材が評価され、再び人材獲得・維持の競争力を取り戻せるよう頑張っていただきたいと切に願っています。

三上 俊輔

著者情報:
三上 俊輔

2006年、早稲田大学法学部(専攻労働法)を卒業後、独立系エグゼクティブサーチ会社であるサーチファーム・ジャパン株式会社に入社。柔硬幅広い業界の部門長クラス以上の経営者獲得、スペシャリスト(エンジニア、会計士など)採用を実現。 2011年、サーチファーム・ジャパンより組織戦略及び技術コンサルティング事業を分社化し、ジーニアス設立、代表取締役就任。 理論と実践のギャップを埋め、健全なる雇用環境の発展に微力ながら貢献すべく、スカウトその他様々なプロジェクトを戦略的に遂行している。

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